今回は「気候変動と貧困を考える勉強会」の様子をご紹介します。
この勉強会はマイクロファイナンスプロジェクト Non-financial事業のメンバーが立ち上げた活動です。
環境問題に起因する貧困への理解を深めることで、これらの課題に対する具体的なアクションを起こすための土壌を作ることを目的としています。(※勉強会開催の背景はこちらの記事をご覧ください。)
今回のテーマは、「遺伝子組み換え作物(GMO)と気候変動」です。
発表者:吉田、聴き手:信崎
信崎:今までは気候変動に関する勉強会ということで、私たちは気候やエネルギーに関する話題を多く扱ってきました。
今回は遺伝子組換え作物がテーマ、とのことですが、遺伝子組換え作物と気候変動にどのような関係があるのでしょうか?
吉田:そう思われますよね。今までの勉強で、私たちは気候変動が農業などに深刻な影響を与える、ということを学んできました。
対策としては大別して、気候変動を止めることと、既に進んでしまった気候変動に適応することの2種類があります。
日本で気候変動対策について語られる時は、前者の予防に関する話題が多いと思いますが、後者についても重要です。
そして実は、遺伝子組換え作物には、前者・後者両方の対策において期待できる役割があるんです。
信崎:両方について対策できるんですか?それでは、早速「遺伝子組換え作物の気候変動対策への寄与」について、ぜひ教えてください。
目次
遺伝子組換え作物とは?
吉田:まず、遺伝子組換え作物とはどのような作物でしょうか?
信崎:高校の授業で習ったおぼえがあります。品種改良と違って、狙った形質を発現させるための遺伝子を、人口的に埋め込んだ作物のことですよね?
吉田:はい。遺伝子組換え作物(GMO、とも略される)が登場する前にも、冷害に強いイネ、などは品種改良によって作られてきました。
品種改良、というのは、作物の交配をひたすら繰り返すことによって、狙った特性を持つ作物を生み出すことです。
しかし、この方法では時間がかかりますし運に頼ったような側面もあり、あまり効率は良くありません。
そのような中、遺伝子組み換え技術を利用して、従来の品種を新たな遺伝的組み合わせを持つように改良した作物が開発されました。
これは、狙った遺伝子を直接人間が組換えることができるので、以下のような長所があります。
- 目的の性質を確実に加えることができる。
- 交配できる品種間でしかできなかった遺伝子の受け渡しが、異なる生物間でも可能になり、改良の幅が広がる。
信崎:確実性がある、というのは農業に携わる人にとって魅力的に見えそうですね。
今までにない作物ができる、というのは不安もありますが大きな可能性を秘めているように感じます。
吉田:既に、遺伝子組換え作物は多く開発されています。信崎さんなら、どのような作物を思い浮かべますか?
信崎:えっと、以前サントリーが「青いバラ」を開発した、とニュースで見たおぼえがあります。
吉田:そうですね。バラのような観賞用の作物に限らず、食料や繊維素材の元になる作物も多く開発されています。
たとえば大豆、トウモロコシ。
これらの作物の遺伝子を組み替えることで、除草剤耐性を持たせたりすることが可能になります。
- 害虫抵抗性 ー トウモロコシ、ナタネ、ワタ
- 除草剤耐性 ー トウモロコシ、ダイズ、テンサイ、ワタ
- 乾燥耐性 ー イネ、サトウキビ
- 高オレイン酸含有 ー ダイズ
- 青いバラ
遺伝子組換え作物が気候変動に与える寄与
吉田:さて、ここから気候変動対策のお話に入っていきます。農業分野が排出する温室効果ガスの割合は、どのくらいかご存知でしょうか?
信崎:すみません、わかりません…。多くの電力を使う産業や鉄鋼業、家庭部門が多かったと思うのですが。
吉田:農業・林業・その他土地利用が、世界全体の排出量に占める割合は24%程度。うち、約10%は農業に起因し、残りの約14%は森林の減少に起因しています。
信崎:意外と多いですね…!そうか、私が先ほど言った話は日本の話であって、世界の話ではなかったかもしれません。
吉田:そうですね。世界中の人が日本のように多くの電力を使うわけではありませんし、産業構造によっても排出割合は大きく変わってくることになります。
私たちは生きていく上で、たとえば食べ物は欠かせませんので、トウモロコシを生産する農業が多くの温室効果ガスを排出しているとなれば、なんとか排出量を減らす必要があるでしょう。
- 乾燥耐性によって、水散布回数を減らすことができる。
- →トラクターの使用頻度を減らし、CO2排出低減
- 害虫抵抗性によって、殺虫剤散布回数を減らすことができる。
- →トラクターの使用頻度を減らし、CO2排出低減
- 除草剤耐性によって、非選択性除草剤の使用が可能になる。
- →トラクターの使用頻度を減らし、CO2排出低減
※
除草剤にも、2種類あります。
選択制、特定の雑草に効くもの。
非選択制、何でも枯らしてしまうもの。
非選択制だと欲しいものまで枯れてしまうので、農家の方は選択制の農薬を何度も散布する方法をよくとります。
・害虫抵抗性によって、殺虫剤散布回数を減らすことができる
・除草剤耐性によって、非選択性除草剤の使用が可能になる。選択性除草剤を何度も散布する必要がなく、トラクターの使用頻度を低減できる
17億kgの CO2 削減相当(2010年)
ー 80 万台の車の数を減らすことに相当
収穫の生産性を上げることができる土地節約型であり、森林伐採を減らすことが可能
→土壌炭素量、土壌水分量の損失削減に貢献
*土壌炭素量の損失削減とは?
世界の土壌に含まれている炭素量は、大気中に二酸化酸素として存在する炭素量の2〜3倍に相当。
不耕起栽培などの農法を取り入れると、慣行農業に比べ、土壌中に蓄積される有機態炭素量が増加。
もし土壌中の炭素量が毎年0.4%でも増えれば、毎年人為的に排出される大気中の二酸化炭素量を相殺できると言われている
176 億 kg CO2 削減相当(2010年)
ー 790 万台の車の数を減らすことに相当
参考:http://www.fsc.go.jp/koukan/risk-workshop_okayama_220317/risk-workshop_okayama-siryou2.pdf
気候変動が農業に与える影響
吉田:ところで、遺伝子組換え作物が温暖化ガスの排出削減に貢献できそうなのは理解いただけたと思うのですが、気候変動が進むと農業にとってはどのような困ったことが起きるでしょうか?
信崎:大して困らない、と言ったら今までの話の意味が半減してしまいますね…。
よく海抜の低い都市が水没してしまう、世界の降水パターンが変化する、といった話を聞きます。
農業でも、海抜が低くて使えない土地が出てきたり、旱魃や水害が多発するリスクを抱えているのではないでしょうか。
吉田:はい。大きく分類して以下のような問題が発生する、と考えられています。
- 平均気温の上昇
- 降雨量やパターンの量・変更
- 大気中CO2濃度の上昇
- その他(農業システムに影響を与え、新たな害虫や病気の出現につながる可能性がある、など)
これらにより、2050 年までにトウモロコシ、コムギ、コメ、ダイズの主要作物生産量が 23%減少する可能性があるとも言われています。
しかし遺伝子組換え作物は、戦略的により速く改良できるため、上記のような頻繁かつ深刻な気候変動や新種の害虫などの変化に対して、早急に対応できる可能性が高いとされています。
信崎:農業に悪影響が出て、まず心配になるのは世界の食糧生産が減ってしまうのではないか、ということですよね。
吉田:そうですね。WFPも同様の懸念をしており、以下のような調査資料を作成しています。
遺伝子組換え作物が貧困問題に与える寄与
吉田:約8億7000万人(8人に1人)が慢性的な栄養不足に苦しまされる、とWFPは分析しています。
吉田:それに加えて、世界の人口はこれからも増えていく、と予測されています。
信崎:人口動態の予測は当たりやすい、と聞いています。
食料の供給を減らす要素があり、需要が増える要素があるとなると、この先食料の獲り合いが激しくなりそうで怖いですね…。
吉田:前章では、遺伝子組換え作物は気候変動の予防に貢献することができる、というお話をしました。
今回お話しようとしているのは、気候変動を止められなかった場合に起きる問題について、遺伝子組換え作物はどのような貢献ができるか、ということになります。
先ほど、遺伝子組換え作物には乾燥耐性を持たせることもできる、と表で示したことをおぼえていますでしょうか?
信崎:はい。前章では、乾燥耐性があればトラクターを使った水の散布回数を抑えられるので温室効果ガスの排出を抑制できる、というお話をされていました。
今度は、気候変動によって旱魃が起きても、作物に乾燥耐性があれば収穫量の減少を抑える効果を期待できる、ということですね…!?
吉田:そのとおりです。ここからは、世界の遺伝子組換え作物の生産状況を俯瞰してみます。
世界の遺伝子組換え作物の生産状況
1996年からの10年間で生産が 657,600,000トン増加。
1700 万人以上の農業者に 1,861 億米ドルの経済的便益をもたらす。
アメリカ
2017年までの21年間、作付面積は世界最高をキープ。
遺伝子組換え作物の普及率
ダイズ:94%
トウモロコシ:93.4%
綿:96%
ブラジル
ブラジルの多国籍種苗会社や公的機関の研究機関で様々なバイオ作物を開発。
吉田:上記の表は2017年ですが、2022年現在では、数値が大きく変動している可能性もあります。
個人的な所感ですが、ブラジルのGMO推進スピードはかなり速く、2017年に認可されたサトウキビが、2019年には既に利用されているほどです。
アジアの概要
信崎:モンサントというアメリカの会社が、遺伝子組換えトウモロコシを大規模に作っている、というお話は私もずいぶん前に聞いた気がします。
しかし、パキスタンやフィリピンといったあまり裕福でない国でも栽培している、というのは少し意外でした。
吉田:私も気になったので、東南アジアの国々で遺伝子組換え作物がどのような立ち位置にあるのか調べてみました。
東南アジア① フィリピン
・農務省の厳しい規制を受け、2003年に商業化が開始。フィリピンは東南アジアで初めて遺伝子組換え作物を栽培した国 ・主な遺伝子組換え作物はトウモロコシ。しかし、偽造種子が蔓延し、2016年から2017年にかけて作付面積、採用率が減少 ・開発も進んでいる(高鉄分と高亜鉛を含むゴールデンライス、ウイルス耐性を持つパパイヤなど) vs 新たに承認されたバイオセーフティガイドラインにより、承認プロセスが少し複雑になる ・2003年から2016年までの農家レベルの経済的利益は、7億2,400万米ドルに達したと推定
東南アジア② ミャンマー
・南アジアで唯一、法的な国家バイオセーフティーの枠組みがない国。最先端の作物技術の研究開発に影響を与えるだけでなく、貿易や国境を越えた移動にも支障をきたしている。 ・主な作物は綿。しかし綿花農家は良質な種子の入手に問題を抱えており、良質な綿花の供給は減少している。国営の種子配給会社のリソースが不足していることで、種子流通システムのリソース不足が原因。 ・国内ならびに米国がミャンマー産の繊維を再指定したことで、綿の需要は高まる。 >一般特恵関税制度(GSP)プログラムにより、ミャンマーは繊維・アパレル製品約5,000種類を無税で米国に輸出できるようになった結果、繊維・衣料品部門はミャンマーで2番目に大きな輸出部門となる。 >需要を満たすためには、綿花の安定供給が必要。
東南アジア③ ベトナム
・豚肉や家禽の飼料の需要が高まり、政府はトウモロコシの栽培拡大を支援する政策を打ち出す(生産性の低い米をトウモロコシや大豆に転換するよう促す政策など)。 >しかしトウモロコシの平均生産量は1ヘクタールあたり4.5トンと低く、生産コストも高いため、他国産のトウモロコシに太刀打ちできない。トウモロコシ栽培の収益が低いため、農家のやる気も削いでいる。国内生産されたトウモロコシは市場需要の40~50%しか満たすことができず、トウモロコシの輸入量はここ数年で大幅に増加。 >ベトナムは2015年にトウモロコシの輸入を減らすというコミットメントを示し、代わって遺伝子組換えトウモロコシを植えることを推進。 その結果、2015年にベトナムで商業化され、2015年の3,500ヘクタールから2年間で45,000ヘクタールと、約13倍の大幅増加を達成。 >ベトナムでバイオテクノロジー・トウモロコシの栽培面積を更に増やすために、農家の受け入れ態勢を強化する(技術パッケージを農家が受け入れ、順守する)必要がある。
遺伝子組換えコーヒー
信崎:私たちLiving in Peace(以下LIP)は、su-re.coやMJIという団体と交流があります。どちらもコーヒー栽培に関わっていますが、遺伝子組換えコーヒーはあるのでしょうか?
吉田:それは私も気になって調査しました。
まずは、GMOの話の前に、現在のコーヒー農家を悩ませる問題についてお話しましょうか。信崎さん、さび病という病気は聞いたことがありますか?
信崎:以前、LIPメンバーからコーヒーについてレクチャーを受けた時に聞いたように思います。
吉田:昨今、さび菌により中米でコーヒーの木が大量に枯死し、コーヒーの収穫量は最大で40%減少しています。
大半の農園では、高価な殺菌剤をたっぷりと使っていますが、新たな系統の菌に対する薬剤の有効性については、調査がほとんど進んでいません。
そこで、さび菌耐性のある遺伝子組換えコーヒー豆を開発している人たちがいます。テキサスA&M大学が開発に取り組んでいます。
課題としては、以下のとおりです。
- 最大の懸念は、外国の科学者が持ち込む遺伝子組換え品種へ植え替えてもらうよう、農園主たちを説得できるかどうか。
- 遺伝子組換え種子の導入には、中米各国からの助成金が必要。また種子の適切な植え付けを徹底するには、NPOの協力も欠かせない。
この計画は結果が出るまでに何シーズンもかかり、そのうち数年間は収穫がまったく見込めないことから、農園を離れて他の職を探す人々が出てくるのではないかと危惧する専門家もいる。
しかし、木の植え替えをすれば、10年以内にさび病を根絶できると自信を見せる専門家もいます。
参考:https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/20140617/403062/?P=3
遺伝子組換え作物の課題
信崎:やはり、何の障害もなく普及が進んでいる、というわけではないようですね。
吉田:はい。最後に、遺伝子組換え作物の課題についてお話したいと思います。
67カ国がヒト用食糧、動物飼料、商業栽培のいずれかのために、遺伝子組換え作物栽培または 消費に許可を出しています。
さて、信崎さん、以下の表を見て気になることはありますか?
信崎:…あれ?日本が、食料の承認数でアメリカを抑えてダントツの1位になっていますよ!?
吉田:意外ですよね。なお、「***」の箇所で154件栽培が承認されているとありますが、日本では承認されているものの栽培はほぼ行われていません。
信崎:承認されているのに「ほぼ」栽培されていないのですか?
うーん、日本は安全性に対して厳しい、というイメージはありますが、他国と比較すると極端な気もしてきますね…。
吉田:個人的な見解ですが、政府が承認していても、「遺伝子組換えは良くないもの」という風潮や批判があって、なかなか進めにくいことが要因の一つだと思います。
ここからは、日本に限らず規制についてのお話になります。
国または地域における厳しい規制
政府の規制機関 vs 批判家
影響例(インド)
- ゴールデンライス の承認の遅れ:2億米ドルの経済的便益損失と算出
- 害虫抵抗性ナスの商業化が長期にわたり阻害:5億米ドル以上の経済的便益と算出
vs バングラデシュでは3 年連続商業化され、農薬使用量が 70-90%削減、経済効果が 1 ヘクタール当たり 1,868 米ドルになっている
遺伝子組換え作物に対する基本的な考え方 by農林水産省 1.遺伝子組換え技術は、作物育種の1つの手法 として大きな可能性を秘めている。 2.環境や健康等に与える影響について十分な 評価を行うことが重要である。 3.消費者の関心に的確に応え、情報提供に努 めていく。
安全性評価
参考: http://www.fsc.go.jp/koukan/risk-workshop_okayama_220317/risk-workshop_okayama-siryou2.pdf
吉田:遺伝子組換え作物や世界での現状についての理解を深めていただき、遺伝子組換え作物が、気候変動や貧困問題に寄与していることをご理解いただけましたら幸いです。
信崎:色々と知らないお話も多く、勉強になりました。発表、ありがとうございました!
参考:https://www.isaaa.org/resources/publications/briefs/43/executivesummary/pdf/Brief%2043%20-%20Executive%20Summary%20-%20Japanese.pdf https://www.isaaa.org/resources/publications/briefs/53/download/isaaa-brief-53-2017.pdf https://www.isaaa.org/resources/publications/briefs/53/executivesummary/pdf/B53-ExecSum-Japanese.pdf
関連記事
~私たちにできること~
その他の記事