今回は「気候変動と貧困を考える勉強会」の第一回の前半の様子をご紹介します。
この勉強会はマイクロファイナンスプロジェクトのnon-financialグループのメンバーを中心に立ち上げた活動で、環境と貧困の問題への理解を深めることを通じて、これらの問題に対する具体的なアクションを起こすための土壌を作ることを目的としています。※勉強会開催の背景はこちらの記事をご覧ください。
土屋:第一回の発表者はnon-financialグループの大栗さんです。よろしくお願いします。
マイクロファイナンス
土屋 那津子
Natsuko Tsuchiya
大栗:本業ではDXコンサルタントとして活動しています。職業柄、企業の視点でさまざまな課題について考えることが多いです。今回は企業経営の観点から、なぜ気候変動問題に取り組む必要があるのか考えてみました。
マイクロファイナンス
大栗 竜治
Tatsuji Oguri
土屋:それでは、発表お願いします。
大栗:IPCC(気候変動に関する政府間パネル:2021年時点で195カ国が参加)は「2050年に炭素排出量を(全世界で)実質的にゼロ」にしなければ「地球の自然環境は悪化し、人間や動植物の生活に多大な影響を及ぼす」という主旨の報告をしています。
土屋: 先日閉幕したCOP26(第26回気候変動枠組条約締約国会議)でも「2050年に炭素排出量を実質ゼロにする」という目標に多くの国が賛同し、具体的な行動をしていくことが世界的に合意されましたね。
大栗: はい、世界的に超重要課題となってきている「炭素排出、脱炭素」なのですが、いまだにしっくりしていない人が多いのも事実ではないでしょうか。
土屋: 地球温暖化の問題は随分昔から指摘されていましたよね。北極の氷が溶けるとか、ゲリラ豪雨が増えるとか。
大栗: そうですね。地球が温暖化していることと、大気中の炭素量が増加していること自体は事実として観測されてきましたし、炭素が増えると気温が上がりやすことは主張されていた。ですが、ここ数十年の温暖化の真の原因が「人的要因」によるものなのか「自然要因」によるものなのかは長い間議論があったわけです。
土屋: 「自然要因」が原因なのであれば、人類が炭素排出を減らしても温暖化は止まらないよね、という主張もあったんですね。
大栗: そうですね。ただ、IPCCが第6次報告書の中で「近年の温暖化の要因は人的活動によることに疑う余地はない」と結論づけたこともあり、「やっぱり人が炭素排出を減らさないと温暖化は止まらないんだ」という認識が広まった訳です。
大栗: 1700年台後半の産業革命以降、産業は大きく発展してきましたが、それは「炭素を排出してきた歴史」とみることもできます。
大栗: 上のグラフは、人に起因するCO2排出量の推移を示しています。産業革命以降緩やかに増加してきたCO2排出量は、特に第二次大戦以降に急増していることがわかります。
土屋: 1950年付近では年間80億トンでしたが、2000年代には300億トンを超えています。およそ50年で3倍になったんですね。
大栗: はい、地域別の内訳も特徴があります。1950年代まではOECD加盟国が排出する割合が目立っていますが、それ以降アジア、旧ソ連圏、中南米などの途上国の排出量が急激に増加しています。
土屋: 工業化に伴い多くのCO2を排出してきたんですね。
大栗: はい、工場を稼働させるにしても鉄道を走らせるにしても、エネルギー源として石炭・石油などの化石燃料を燃やす必要がありました。燃料を燃やす過程はもちろん、燃料を製造する過程でも多くのCO2が排出されています。
土屋: CO2が増えると地球の気温も上昇するのですよね?
大栗: はい。より正確にはCO2を含む温室効果ガスが増えることで大気温が上昇することがわかっています。
大栗: 上のグラフは大気中のCO2量と地球の表面温度の推移を示しています。1980年代から始まり2020年頃まで右肩上がりに上昇しています。これは、大気中のCO2量が年々増加し、地球の表面温度も年々上昇してきたことを意味します。さらに、この先この傾向が続くことも予想されていますね。
土屋: CO2が増え続ける限り、際限なく温度上昇するように見えます。
大栗: そうですね。このグラフだけでは、CO2が増えたから地球表面温度が上昇したのか(因果関係があるか)、たまたまこの期間に両者が増加した(相関関係があった)のか、はわかりません。しかしIPCCは他の調査を勘案し、両者に因果関係があると結論づけた訳ですね。
土屋: 本当にこのまま地球は温暖化し続けるのでしょうか。
大栗: 仮に現時点をもって、人が温室効果ガスの排出をやめたとしますよね。それでも地球は一定程度温暖化することがわかっています。
大栗: 温室効果ガスは、一定期間大気や海洋中に蓄積される性質があります。そして大気や海洋中に温室効果ガスが一定程度減るまで、地球は温暖化し続けることになります。
大栗: もちろん、温室効果ガスの量が減りはじめれば、温暖化の程度は和らぐことになります。
土屋: どの程度まで減らせば良いのでしょうか。
大栗: まず、地球の平均気温に目を向けると「2100年時点の地球の平均気温が、工業化以前と比較して+1.5℃」程度とすることが目標として掲げられています。これはIPCCが掲げる目標で、工業化以前とは産業革命が起きる前を意味しています。
大栗: 2100年時点で+1.5℃程度、というところがポイントです。2020年時点ですでに+1.0℃上昇してしまっていますからね。
土屋: つまり、2100年までの間で+0.5℃しか猶予がないということですね。
大栗: はい。かなり実現困難にも思えるのですが、それでも、IPCCは+1.5℃という目標は不可能ではないとしています。ただし、「社会のあらゆる側面において前例のない移行が必要」という但し書きつきですが。
大栗: 温暖化の主要因であるCO2などの温室効果ガスの排出量に目を向ければ「2050年で実質ゼロ」とすることが必要と言われています。
土屋: 実質ゼロとはどういう意味でしょうか。
大栗: 化石燃料を燃やすと温室効果ガスが排出されますが、一方で温室効果ガスを吸収する活動もあります。例えば、植物が行う光合成はその過程でCO2を吸収しますよね。排出した分と吸収した分の差し引きが、実質的に排出された量と考える訳です。
土屋: 排出量から吸収量を差し引いたものが実質排出量ですか。
大栗: 温室効果ガスの排出をゼロにすることが困難な産業もあります。特に重工業に多いのですが、そういった産業は人間社会になくてはならないものですので、活動を止めるわけには行きません。ですので、「排出する代わりに吸収する活動もセットで行う」ことにしましょう、と考えるんですね。
土屋: なるほど。
大栗: 温暖化の程度は、これから人間がどのくらい温室効果ガスを排出するかによるところが大きいです。先ほども言いましたが、直ちに温室効果ガスの排出を完全にストップすれば、+1.5℃まで上昇する可能性は低いと言われています。下のグラフのオレンジ色の線がそのシナリオを示しています。
土屋: でもいますぐ排出量ゼロにするのは無理ですよね。
大栗: はい、ですので、中長期的な視点で実質ゼロにする必要があります。
土屋: 気温が上がるとどんな未来が待っているのでしょうか?
大栗: 自然環境自体に影響を及ぼすだけでなく、農業や漁業、観光業など人間の社会的な営みに対しても影響が及びます。そしてその結果として食糧問題や健康問題、貧困問題などの諸問題が引き起こされる可能性があります。
大栗: 下の表は地球の平均気温が工業化前と比較して+1℃の場合、+1.5℃の場合、+2℃の場合でそれぞれどのような影響が出るかを整理したものです。
大栗: 例えば、工業化以前と比較して+1℃の水準である現在は、工業化以前の時点より4.8倍「熱波などの極端な高温」が発生しやすい状態にあります。極端な大雨は同様に1.3倍発生しやすく、農業に被害を及ぼす干ばつは1.7倍発生しやすいんです。
土屋: +1.5℃になると極端な高温が8.6倍発生しやすくなるということですね。+2℃の場合は13.9倍ですか。
大栗: IPCCが目標とする「2100年時点で+1.5℃の状態」がベストシナリオだとしても、極端な高温の発生率が現在と比べておよそ2倍(4.8倍→8.6倍)になっていますから、大変なことですよね。
大栗: 生態系への影響も見逃せません。環境省のまとめによると、+1.5℃のシナリオでさえ、サンゴ礁が現在より70~90%減少すると言われています。そしてその確信度は高いとされていますし、+2℃になると99%以上が消失する確信度が非常に高い、とされています。
土屋: 生物種の成長、発達、生存にも影響するんですね。漁獲量も減少するんだ。
大栗: サンゴが消失すると例えば沖縄の海も今のようなキレイさを維持できなくなってしまうかもしれませんよね。それに漁獲量が変化すると今まで食べられていた魚が食べられなくなってしまうかもしれません。
土屋: ダイビングが好きなので、海が脅かされるのは困ります。いつまでもキレイな海を守っていきたいです。
大栗: 日本人が大好きなお寿司のネタにも影響があるかもしれませんよね。
大栗: Living in Peaceがテーマにしている貧困問題への影響も小さくありません。特に重要な観点は、温暖化による影響を受けるリスクは、社会的に不利な立場にありかつ脆弱な人ほど高いということです。
土屋: 「先住民、農業、沿岸域の生計に依存するコミュニティのリスクが偏って高い」、とありますね。
大栗: 農業や漁業などの一次産業は、温暖化により収穫量や品質に影響を受けやすいので、従事者の収入が大きく減ったり、不安定になったりするリスクが高くなります。
大栗: 健康への影響も見逃せません。暑熱に関する疾病、都市における熱波、感染症の拡大などが想定されています。
土屋: 健康問題に関しても社会的に弱立場にいる方の影響が相対的に大きくなりそうですね。
大栗: そうですね。疾病や感染症を防ぐ術も、患った後の対処も社会的地位が高かったり、金銭的に豊かな立場にいる方が容易ですからね。
大栗: 先進国で消費されるモノを途上国で製造するというサプライチェーンがあらゆる産業において見られますが、こと気候変動の影響は生産する側の途上国の人々に大きな影響を及ぼすことになります。これは見逃せない問題だと思います。
大栗: もちろん途上国の一次産業が影響を受ければ、世界的に食糧の確保が難しくなり、食糧を輸入に頼る先進国でも食糧の確保が問題になることは想像されます。ただ、この場合も高値での取引がなされれば、途上国には国内消費を十分に賄う量の食糧が残らなくなるというシナリオも描けるはずです。
大栗: 水の確保も重要課題となりそうです。温暖化による降雨量の変化、干ばつの発生などの現象はエリアによって受ける影響がマチマチです。
土屋: 乾燥地域の雨量が多くなることは水の確保という観点で望ましいですが、干ばつが広がり被害を受ける地域も出てくるかもしれませんね。
大栗: そうですね。水が潤沢な地域とそうでない地域のグラデーションがはっきりとし始めると、豊かな水源を巡って国際間の競争がおこる可能性もあります。
大栗: また、経済成長への影響も指摘されています。温室効果ガスの実質的な削減に向けた投資を本格化せざるをえないことや、温暖化による影響で、各国の経済活動が妨げられることが想定されるからです。気候変動への適応、緩和策の導入は多くの資金を要しますから、想定してた投資が行えなくなる国も出てくるかもしれません。
土屋: 経済活動の視点でもやはり途上国の影響が相対的に大きいのでしょうか。
大栗: そうですね。投資余力が小さい国や、気温の上昇や雨量の変化が激しいと予想される熱帯・亜熱帯の地域の国々への影響が早退的に大きくなると言われています。
土屋: ここで紹介された影響はいづれも「+2℃よりも+1.5℃の方が負の影響が小さい」のですよね。
大栗: はい。ただ、私の感覚では「+1.5℃でも最低」だなと思いますね。
土屋: それでも、ベストシナリオである「+1.5℃」を目指して努力する必要があるというのはなぜでしょうか。
大栗: いわゆる「気候ドミノ」の最初の牌を倒さないためです。
土屋: 気候ドミノとはなんでしょうか。
大栗: 気候変動によって引き起こされる現象は、どこかで人間の手では止められない程度まで進行してしまう可能性があります。一度倒れてしまうと途中で止めることができないドミノの様に取り返しがつかないところまで行ってしまうかもしれないんです。
土屋: 仮に人間が温室効果ガス(GHG:グリーンハウスガス)の排出をゼロにしても温暖化が止まらなくなる臨界点がある、ということですね。
大栗: はい。例えば大気中の温室効果ガスが増加し、太陽エネルギーが大気圏に滞留する様になると、海中の温室効果ガスの濃度も増え、海水温が上昇することで氷河や永久凍土が溶け始めます。すると地中に埋まっている温室効果ガスが排出され、温室効果ガスの濃度はさらに高くなります。
土屋: ひとたび氷河が溶け始めたら、その進行を止めるのは難しいでしょうからね。
大栗: 最初のドミノは9つほどあると言われているのですが、これらを倒さないようにするために最低でも地球の平均気温を「工業化以前との比較で+3℃」までに抑えることが必要と言われています。
大栗: 長くなってきたので、少し休憩しましょう。後半では、気候変動問題に世界一丸となって取り組むという機運を作るきっかけとなったパリ協定と、パリ協定以降に鮮明になってきた企業を取り巻く環境の変化についてお話しします。
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