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マイクロファイナンスは「負け組」をつくるのか?~Compartamos Bancoの事例~
貧困削減をミッションとしているLiving in Peace (LIP)として、マイクロファイナンスに貧困削減効果があるか否か、は極めて重要なテーマです。
現に「マイクロファイナンスは低所得者層に年率100%以上の高金利でお金を貸出す、途上国の消費者金融のような存在ではないか」という懸念の声も一部あります。確かに、マイクロファイナンスの金利は低くありません。しかし、本当にマイクロファイナンスは低所得者層から高金利で搾取し、不幸をまき散らす存在なのでしょうか。その点を可能な限り統計的に分析した論文を紹介します。
メキシコで最大のマイクロファイナンス機関であるCompartamos Bancoを巻き込んだプロジェクトです。手法をざっくり説明すると
- ランダムにマイクロファイナンスの潜在的顧客(借りる意志・能力がある人達)といえる女性の事業主・または女性で事業を始めようとしている人を選び(16560人)、初期データを取る(ベースライン調査)
- 選んだ女性達を2つのグループにわける
【Treatment(介入有)グループ】
こちらのグループにはマイクロファイナンスへのアクセスを与える。具体的にはTreatmentの地域にはCompartamos Bancoから訪問・広告などのマイクロファイナンスローンのプロモーション活動を積極的に行う)
【Control(介入無)グループ】
こちらのグループには比較対象にするため何もしない。 - 2~3年後に対象家庭のデータを再度取り(フォローアップ調査)、生活の変化をみる
という方法でマイクロファイナンスへのアクセスの有無が与える影響を特定しています。
結論としては、マイクロファイナンスへのアクセスは、ビジネスの拡大、家計の管理能力、幸福度、人への信頼度、金銭的意思決定における発言権など主に定性的な(数値化しづらい)面ではポジティブな効果が統計的に有意に存在すると観察されました。
※「統計的に有意」とは「確率的に偶然とは言えなさそう」と置き換えて考えてください
例えばビジネス(事業)の拡大に関しては
- Treatmentグループはビジネス(事業)での2週間の収入が121ドル(Controlグループより+27%)、支出が118ドル(Controlグループより+36%)統計的に有意な増加が観察された
- しかし、利益(収入-支出)の額に関しては統計的に有意な結果は観察できなかった。具体的には、Treatmentグループの方がControlグループよりも利益が0.2ドル少なかったが、これは各々の利益の分布からいっておそらく偶然である
- つまり「利益は増えていないが扱う額は増加した」結果、事業は拡大した
という論理です。
家計の管理能力、幸福度、人への信頼度、金銭的意思決定における発言権などの定性的な面での向上がみられたのは、マイクロファイナンスにより扱う金額が増大した→企業規模が大きくなった→社会的責任感が増した、というフローの結果と考えられます。
一方でビジネスの利益、日用品への出費額、教育・医療への出費額、など主に定量的な影響について統計的に有意な結果は観察されませんでした(=TreatmentとControlで増減に差はあるものの、偶然の可能性を否定できない)。
更に、この調査で注目していた全17指標において、TreatmentグループはControlグループと比較した際に統計的に有意なマイナスの影響は観察されませんでした。
以上の結果から、「マイクロファイナンスは2~3年で収入が増加するなど定量的な効果があるとは必ずしも言えないが、人への信頼が高まるなど定性的な面では効果が確認できた。加えて、少なくともマイクロファイナンスの存在で統計的に有意なマイナスの影響はない」と言えます。この調査では「マイクロファイナンスへのアクセスの有無」がTreatmentとControlの差なので、万が一「マイクロファイナンスへのアクセスがあったせいで不利をこうむった」ことがあれば、「マイクロファイナンスが負け組を作った」と言えたと思います。しかし今回の調査結果では偶然でなさそうなマイナスの影響は殆ど観察されなかった為「負け組は作らなかった」と言えると思います。
グラミン銀行のムハマド・ユヌス氏がノーベル平和賞を受賞したこともあり、「マイクロファイナンスは、収入も生活レベルも精神衛生も向上させられる魔法のようなシステム」という印象があるかもしれません。しかし現実としてはマイクロファイナンスの登場で突然地域の経済レベルがあがり、金銭的に豊かになるとは限らない、というのがこの論文の主張です。しかしながら重要なことは「少なくともマイクロファイナンスの登場で悪影響を及ぼす可能性は低い」と「定性的(数値化しづらい)ファクターで良い影響を及ぼしたのは偶然ではなさそう」の2つの事実です。マイクロファイナンスは新しい金融システムの為、まだまだその効果について議論の余地がありますが、こうした論文の結果は、マイクロファイナンスを広げる一つの強い客観的根拠になり得ると思います。
LIPとしても、今後もマイクロファイナンスに貧困削減効果があるのか、またその程度、条件などの詳細について、調査を続けたいと思います。
(西田一平)