認定NPO法人Living in Peace(以下、LIP)は、2021年7月24日(土)に社会福祉法人「鳥取こども学園」理事である藤野謙一さんをお招きし、LIP創設者慎泰俊とのオンライン対談イベントを開催しました。
鳥取県で児童養護施設などを運営する「鳥取こども学園」は、前身から数え115年もの間、家庭で暮らせない子どもたちを、家庭に代わって養育してきた社会福祉法人です。
子どもの尊厳を大切にしたいという想いから、全国に先駆けて小舎制(少人数単位の家庭的な雰囲気で生活ができる施設)に移行するなど、日本における社会的養護のパイオニア的施設として知られています。
今回のレポートでは、イベントにて、「新しい社会的養育ビジョン」についてディスカッションした箇所より一部をお届けします!
「新しい社会的養育ビジョン」とは? 2017年に提言された、社会的養育の新方針。「社会的養育」とは、実の家庭を離れた子どもに提供される養育環境や支援のこと。これまで日本におけるスタンダードであった施設養育から、里親を中心とした家庭養育に重きを置く方針に転換することなどが記され、大きく話題となった。
国のビジョンに現場は「ちょっとまって」
――「新しい社会的養育ビジョン」の発令から4年がたちました。新ビジョンが現場に与えた影響についてお聞かせください。
慎:家庭養育を重視するこのビジョンが与えたインパクトは大きかったです。たとえば児童養護施設の乳児院(乳児の子どもたちを預かる施設)においては、入所する子どもは減りました。
ビジョンが示すように、生まれ育った家庭を離れる場合、ひとつの場所・ひとつの家庭(里親の元)で育つのが、たしかに望ましい。
もともと世界と比べても日本は里親家庭が少なく、それを変えていかなければ、という議論もされていました。
目指す方向性については多くの人が同意をしていると思います。ただ、目指す変化のスピードが現場の実態に鑑みて早すぎた。そのために、一部では混乱も起きました。
藤野:「新しい社会的養育ビジョン」については現場と制度との乖離が起きてしまっていますね。
これまで日本では、現場で実践してきたことが、現場の人々の運動によって制度化されることが多かった。一方で、「新しい社会的養育ビジョン」は国主導で設けられた制度です。
通常、たとえば欧米などでは、国主導の制度を始めるときに莫大な資金が投資されます。
ですが、今回の「新しい社会的養育ビジョン」の実施にあたり、国からの十分な支援はありません。にもかかわらず制度には沿わなければいけない、ということが起こっているんです。
これは今回に限ったことではありません。声を大にして言いたいのが、日本の社会的養護費用の低さです。名目GDP費に占める社会的養護費用の割合をみると0.02%。これはアメリカのワシントン州やカナダなどと比べると130倍もの開きがあります。
日本の社会的養護現場では、世界と比べても費用の少ないなかで、泥まみれになりながらやってきた、というのが実情です。国には、もっと社会的養護に予算をつけて欲しいと強く思います。
海外には里子のクーリングオフ制度も
藤野:新ビジョンは欧米をモデルにして作られています。しかし、欧米のモデルが完璧かといえば、そんなことはありません。
たとえば、カナダに視察に行って驚いたことがありました。
カナダでは里親が職業化しているというんです。里親の権利も大切にされているため、仕事としてのオンオフがはっきりしている。なんなら、「子どもに期待をさせてはいけない」とまで言われているそうです。
また、5人ほど里子さんに集まってもらい話を聞いた際には、里子のドリフト(たらいまわし)が多いという問題も聞かれました。
その中にも11人里親が変わった方がいたり、トラブルがあるとすぐに警察を呼ばれるという話も。カナダの新聞(『トロント・スター』)でも報道されましたが、88回も里親を変わった里子もいたそうです。
ほかにも、里親養育にクーリングオフの制度、里親が子どもを預かったあと7日間以内であれば里子の受け入れを拒否できる制度があるという、驚くべき話もありました。欧米の制度やモデルを、そのまま日本に持ち込めばよいわけではないことがわかると思います。
逆に、カナダの子どもの声を聞く機関の所長さんが日本の施設に来たときには、職員の子どもたちに対する姿勢に驚かれていました。
特に、「愛」を語る職員が多いことに驚かれるようです。カナダの里親さんなど支援者にも見習ってほしい、とおっしゃっていました。
慎:それについてもう少し客観的な立場で意見をいうと、施設においても残念ながら職業としてやっている感がある人もいるんですね。
恐らく「新しい社会的養育ビジョン」がここまで盛り上がりを見せていったのは、かつてそのような施設で育って嫌な思いをした方たちがいて、議員さんたちがその方々から話を聞いて、これではいけないと思ったことを発端として方針が策定されたからだと思っています。
「鳥取こども学園」は昔から子どもの側に立った施設運営をされてきましたが、残念ながらそうじゃない施設もあります。
もちろん里親で問題がある場合もあるし、どちらにもまだいろいろな課題がある、というのが現状なのではないでしょうか。
居たい場所を子ども自身が選べるように
藤野:当事者の子どもたちが(施設と里親を)選択できることが本来の養育の在り方だと思っています。
実際、子どもたちに里親養育について聞いた際に「わたしたちに選ぶ権利はないのか」「里親と合わなかったらどこに行けばいいのか」という意見が出たことがありました。
里親を増やしていくのは本当に必要なことです。ただ、カナダでグループホーム(小規模の施設)の実情をみて、里親養育だけに傾くのは恐ろしいなと思いました。
カナダでは、里親と関係がうまくいかなかった子どもたちがグルグルと(5~52回)たらいまわしにされて、最終的にグループホームにたどり着きます。
しかしそのグループホームの実情といえば、金が回ってこないばかりに、職員はパートのみ。しかも里親をグルグル回っているから子どもたちの履歴を追える資料が回ってこない、という状況があるそうです。
その状況に異を唱える人たちによって、いまカナダでは運動が起こっています。子どもたち自身が「グループホームは家庭だ」といっている。「家族の定義は子どもたち自身が決めることだ」と訴えているんです。
子どもたちを想えば、本当は本人たちが選択できるようにすることが必要なのではないでしょうか。
慎:それは本当に同感です。こういう政策の議論をするときに、研究しているのが大人たちだから、子どもにとって何がベストなのかという視点がときどき失われている気がしています。
子どもの現実に即して、その子がどういうものを望むのかによって立つべきだと思いますね。
例えば、ある程度の年齢になったら家庭よりも施設の方が楽かもしれない。だからといって子どもたちを年代だけで定義せず、一人ひとりの子どもにとって何がベストかというのを常に考え続ける必要があるのではないでしょうか。
イベントはその後も「アドボカシー」や「地域支援と社会的養護」について大いに議論が盛り上がり、大盛況のうちに終了しました。様々な論点が取り上げられるなか、一貫してぶれないのが「子どもの視点」に立っていること。そして、子どもを主語にすること。 社会的養護に関わるうえで大切なことを改めて考える、とても充実した時間となりました。登壇者のお二人、ご参加くださったみなさま、ありがとうございました! (執筆 Living in Peace/聞き手 大沼楽)
■鳥取こども学園は、クラウドファンディングに挑戦中です!
「鳥取こども学園」は保育所「鳥取みどり園」を運営しています。藤野さんの祖母・藤野とりさんが、乳幼児期からの保育が重要だという理念ではじめた保育施設で、かつて0歳児保育というものがほとんどなかった昭和26年、寄付を集めて開設されました。
開設から70年、地域の子どもたちを育ててきた「鳥取みどり園」は、今年度より幼稚園と保育所の機能を併せ持つ幼保連携型認定こども園となりました。
それにあたって老朽化した調理室などの改修を予定していますが、厨房機器等の設備投資には行政の助成金等はほとんど使うことができず、資金が不足しています。
どうか「鳥取みどり園」が子どもの健康な心身と、豊かな心を育める場所として、安心安全で美味しい食事を提供できるように、クラウドファンディングへのご支援をよろしくお願いいたします。