大阪市西成区。全国平均より高い一人親の割合からもうかがえるように、生活に困難を抱える子育て世帯の多い地域です。
そんな西成区でこども食堂「にしなり☆こども食堂」を開催されている川辺康子さん。「にしなり☆こども食堂」は2012年にスタートしてから8年間、そこに集まる子どもやその親御さんを支える居場所であり続けています。
「西成チャイルド・ケア・センター」の代表として、各地域のこども食堂をつなぐ、「こども食堂ネットワーク関西」も運営。
また、幼いころ読み書きを身につけられなかった方向けの識字教室などもされています。
現在はさらに、生活が困難な親子を受け入れることもできる総合的な施設「にしなり★つながりの家」の設立を計画中。Living in Peaceはその趣旨に賛同し、2019年より全面的なサポートを行っています。
今回は、西成区の貧困家庭事情や今後の展望について、川辺さん、川辺さんとともに活動されている寺嶋公典さんにお話を伺いました。
西成にくらす孤立した母子
川辺さん:ある日、区役所に紹介されたといって、とあるお母さんが小学三年生の子どもを連れてうちのこども食堂にやってきました。最初に来たときは、お母さんが服薬している精神薬の影響がはた目にも明らかでした。
そのお母さんが緊急入院をしなければならなくなったときに、「子どもが一時保護所は嫌だと言っているから預かってほしい」と言われたんです。預かるにあたって、子どもの荷物を取りに家まで行ってみると、家のなかは服や布団やいろいろなもので散らかっていました。
狭いのにランドセルが4つ、ベビーカーも3台あって。その中から、なんとか必要なものだけを持ち帰って1週間子どもを預かりました。
それ以来、お母さんもちょっとした困りごとがあると、わたしに連絡をくれるようになったんです。
そのお母さんがあるとき、「いまの生活に疲れたから、母子生活支援施設に行ってリセットしたい」と言ってきました。
でもそれは本心ではなく、お母さんはわたしに助けを求めていて、繋がろうとしてくれていると感じたので、
「そういう気持ちなら、施設行く前にわたしといっしょに暮らしてみいひん?」
って提案してみました。彼女も承諾してくれて、ちょうど同じタイミングで日本財団からの助成を受けられたので、マンションの一室を借りて生活を始めました。
生活をしてみて、お母さんの善意が逆手に取られて生活がままならない状態になっていることが分かりました。不安になって眠れず睡眠導入剤を飲み、日中もその影響から子どもの世話ができず、さらに不安になって精神安定剤を飲む、という悪循環に陥っていたんです。
「なんで安定剤を飲むんかな」
と聞いたら、
「不安で、でもだれもそれを聞いてくれへんから」
と答えるので、
「じゃあわたしがお母ちゃんのその不安な気持ち聞くわ。そうしたら薬も飲まなくても大丈夫かな」
と話をしました。
朝起きたときに「おはよう」って言って、朝ごはんを作り、外から帰ってきたら「おかえり」と声をかけ、またご飯をいっしょに食べる。そういう整った生活を送りました。
生活自体は特別なことはしてないですね。でも本当に1週間くらいでお母さんの様子、子どもの様子が変わってきたんです。
最初は、お母さんもそれまでの習慣で食後の片付けがとかできなかったんですが、周りがしているのを見てやるようになりましたし、最近は自分からお茶を出してくれるようにもなりました。病院からも、もう精神安定剤はいらないと言ってもらえました。
暮らしのなかで、本当にしんどかったところから少しずつ抜け出せてきたんです。
ただ、この親子だけ良くなれば終わりじゃない。西成地区には、同じように困難な状況におかれたお母さんや子どもが、まだたくさんいるからです。
みんなで分け合えばしんどくない
川辺さん:傷つき体験とか、しんどい思いをしてきたお母さんは、関わってくれる人がいると、どうしてもそのつらさをくり返し聞いてもらいたくなる。でもそうすると、関わる側からは「あの人はめんどくさい」となってしまう。
たしかに、ひとりで10回、20回としんどい話を聞かされたら誰でもお腹いっぱいになります。でも、お母さんに関わる人が10人、20人といたら、話を聞くのもちょっとのことで済むんです。だから、みんなで関わることが大事。そして話を聞いてもらううちに、お母さんの気持ちも軽くなって、過去の辛さが和らいでいくこともあるんです。
ただ話を聞くだけでいい。ほんとうに簡単なことで、だからわたしも「支援」をしているとは思ってないです。むしろお母さんや子どもたちには、自分と出会ってくれたことへの感謝しかない。
「支援する対象」じゃなくて、わたしがやりたいと思う道をいっしょに歩んでくれる存在が、わたしの背中を押すために目の前に現れてくれるんだって思っています。
だからわたし、ものすごくやんちゃな子に出会うと「また新たなスターが現れた!」ってワクワクするんですよね(笑)。
子どもたちには「川辺“無惨”」とよばれて
中里:川辺さんは子どもたちに怒ることってあるんですか?
川辺さん:わたし、怒らないのに一部の子どもから「川辺”無惨”」(※)って呼ばれてるんですよ(笑)。怒らなくても、それくらい怖いらしい。
※「無惨」は漫画『鬼滅の刃』(吾峠呼世晴)に登場する残忍なキャラクター
寺嶋さん:川辺さんは子どもたちが何か問題を起こしたときに「なんでこんなことしたん?」と何回も聞くんですよ。
学校だと「ごめんね」で終わるかもしれないけど、それで終わらせない。「なんで?」って聞かれ続けると、子どもは自分の言葉で答えないといけなくなるので、その逃げられない感じが怖いのかな、と思います。
川辺さん:毎年、こども食堂で手のかかる子たちを連れて合宿に行くんです。もちろん、事件が起きます。
なので、初めて行ったときは遊ぶどころではなくて、話し合いの連続でした。子どもたちが泣いても終わりません。殴った子がいても、その子だけを怒らない。だれかを責めて終わりにするのではなく、「なんでそうなってしまったのか」を子どもたちと話し合うんです。
「『ごめん』って言うたらそれでええやん」って、子どもたちにも言われるんですけど、そこは妥協しない。「川辺、めんどくさい」って思われてます(笑)。
でも、そんな積み重ねで、相手がしゃべっているのを自分の話で遮って正当化したりせず、ちゃんと聞けるようになるんです。
あるとき、子ども同士で大きなトラブルが起きて、みんなを集めて話し合ったんです。そこにいつも問題を起こす側の子がいたんですが、横で弟が話し合えないくらい興奮しているのを見て、「大丈夫や、自分の番が来たら自分の思うことを言えばええんや」と言ってくれて、弟も自分の番で落ち着いて説明してくれました。
けれど、前は多かったそんな話し合いも、今は本当に少なくなりましたね。
こども食堂だけでは問題を解決しきれない
元々、こども食堂を立ち上げたときに目指した「どの子もだれかといっしょに温かいご飯を食べられるようにしたい」という目標は達成しました。
でも、結局それだけではその子の現実は変えられない。こども食堂の活動以外で、家庭を直接訪問して部屋の整理などもするんですが、わたしが片付ければ形が整っても、わたしが帰ると元通りになる、その繰り返しなんです。
だから、最初に話した取り組みを始めたんですが、一緒に生活するともう全然違う。ものすごく手応えを実感しています。
一方で、地域で生活していると、孤立していた人が同じ地域で出会い直すことで、状況が好転することもあります。
たとえば、子どもが公園でケンカしているのを、別のお母さんが見かけて「食堂に来ている子が公園で殴られてたよ。すごい心配やねん」ってわたしにわざわざ教えに来てくれたり。他にも、孤独を感じていたお母さんが、地域の子どもに挨拶をされて一人じゃないんだと気づいて変わっていったこともありました。
そんな風にお互いに出会うことで繋がって、わたし一人じゃなく、いっしょに歩んでいく仲間を増やしていきたいんです。
それには、今の場所(こども食堂を運営する市営住宅の一室)だけでは限界があります。もっと色々な人に来てもらうには、それに見合った広さが必要ですし、生活もとなるとプライバシーが十分に確保できないといけないですよね。
そして、地域の人にももっと入ってもらって、みんながそれぞれの距離でつながってお互いを支え合えるような、そんな場が必要だと思って「にしなり★つながりの家」の設立を決めました。
“だれもひとりにしない”、そんな場所を作りたいと思っています。
Lining in Peaceは「にしなり★つながりの家」設立を支援しています
「にしなり★つながりの家」は「しんどい子ども」や「しんどい家庭」、そして地域に生きる人、みんながあたりまえの日常を、あたりまえに過ごせることを目標にしています。
①困ったときに駆け込めて、いっしょに生活できる場所 ②みんなといっしょに食事ができ、学べる場所 ③みんながお互いを支え合える場所
「すべての子どもに、チャンスを。」という合言葉のもと活動するLining in Peaceでは、川辺さんの思いに共鳴し、「にしなり★つながりの家」の設立を支援しています。
ぜひみなさまにも、「にしなり★つながりの家」を応援いただけますと幸いです。