緊急事態宣言のもと「ステイホーム」が推奨される中で、児童虐待の増加を懸念する声があげられています。
なぜステイホームで児童虐待の増加が懸念されているのか? 予防するためにはどのような策がとりうるのか?
米国と日本を中心に、長年のあいだ児童虐待防止や「虐待にいたってしまった親のケア」に取り組まれてきた一般社団法人MYTREE代表、森田ゆりさんにお話をうかがいました。
ステイホームで児童虐待は増えるのか
―森田さんはMYTREEの活動を通じて、長年のあいだ「虐待にいたってしまった親」の方々を対象に、虐待からの回復を支援してこられました。現在の児童虐待の増加が懸念されている状況を、森田さんはどのように捉えられていますか?
前提として、ステイホーム自体は感染拡大を防ぐために必要なものだと私が思っていることはお伝えしたいと思います。しかし同時に、ステイホームによって児童虐待が増えることも間違いないだろうというのが私の意見です。
「児童虐待が増加している」といわれていますが、現在の時点で統計的なデータとして証明されているわけではありません。しかしそれは、数字として取れていないだけ。今後時間とともに、事態の深刻さが明らかになってくるのではないかと思います。
実際に、たとえば児童虐待と比べて数字の出やすいDV(ドメスティック・バイオレンス)については、国内外で発生件数の増加が報告されています。日本でも、4月5日にコロナによる収入減の話題から夫が妻を殴打して死亡させる事件が発生しました(4月7日毎日新聞)。
イギリスでは、DVに関する電話相談が65%増加。フランスでも配偶者間の暴力が36%増加している。
そして「逃げ場がなくなる」「外部の目がなくなる」などの、DVを増加させたステイホームの特徴は、そのまま児童虐待にも当てはまります。
たとえば「学校」は、ステイホーム以前は子どもの「逃げ場」かつ「虐待発見の目」として機能していました。しかし現在は一斉休校措置により、それが機能していない。
ステイホームという施策がこうした状況を作っているということを念頭においたうえで、対策を考える必要があると思います。
「残虐な親」なんて、ほとんど存在しない
―児童虐待の増加を防ぐためにできることには、何があるのでしょうか?
まず大事なのが、児童虐待の発生要因を正しく理解することだと思います。
児童虐待ときくと、鬼のように残虐な親によって行われているイメージを思い浮かべる人が少なくないでしょう。しかし実際には、そうした「残虐な親」による虐待ケースは非常に稀です。
私たちはこれまで2,000人以上の「虐待にいたってしまった親」に対して「虐待からの回復」を支援してきましたが、その多くの方々は「残虐」などではなく、むしろ子育てに対して「なんとかしたい」という気持ちを持った方々でした。
―ではなぜ、そうした親たちが「児童虐待」にいたってしまうのでしょう?
児童虐待は「身体的虐待」「心理的虐待」「ネグレクト」「性的虐待」の4種類に分類されています。今回はその中でも「身体的虐待(叩くなどの暴力による虐待)」について考えてみましょう。
深刻な身体的虐待が生じる原因を、わたしたちはおもに3つの要因から考えています。「体罰」「ストレス」「孤立」の3つです。深刻な虐待は、これらの要素が揃い、エスカレートしてしまった時に生じてしまう。
親たちも決して、いつも虐待行為に及んでいるわけではありません。子どもを愛しむことも多い。子どもに感情を爆発してしまったあとに、ひどい自責や罪悪感に苛まれています。
親自身がさまざまなストレスと生き辛さを感じながら苦悩している。そして、そうしたストレスや孤立感が体罰と結びつき、深刻な虐待が生じてしまうのです。
―しかし裏を返せば、その3要素を減らすことが児童虐待防止に繋がる。
その通りです。3つの要因のうち、「体罰」については2019年6月に児童福祉法等改正法が成立し、親権者等は児童のしつけに際して、体罰を加えてはならないことが法定化され、今年4月から施行されています。
厚生労働省の啓発キャンペーンなどをご覧になられた方なども多いのではないでしょうか。しかし、世間に「体罰が必要な時はない」という意識が根付くのはこれからだと思います。
―法整備を整えるだけでなく、みなの意識を変えていかなければならないですよね。残り2つの要因(「ストレス」と「孤立」)についてはいかがでしょうか?
残り2つの要因については、まだまだ必要な支援が足りていないように感じています。そして今回のステイホームは、この2つの要因を大きくしてしまう施策でもあるのです。
であれば、今懸念されている児童虐待増加を防ぐためには、家庭内における「ストレス」や「孤立」を軽減するための取り組み、ケアが必要になるはずです。
家庭内で「サークルタイム」を持とう
―親の「ストレス」や「孤立感」を軽減するためには、どのような取り組みが考えられるでしょうか?
さまざまな方法が考えられますし、実際に多くの団体がそれぞれの方法を提案しています。なにか1つの正解があるわけではないので、自分にあった方法を探してみるとよいでしょう。
そのうえで、MYTREEとしては家庭でできることとして、「気持ちのワーク」と「サークルタイム」の2つを提案しています。
―「気持ちのワーク」とは?
MY TREEプログラムのテキストの一冊、『気持ちの本』という絵本を使ったワークです。
日本には気持ちや考えを言葉にせず、お互いの雰囲気などから「察する」ことを美徳とする文化があります。しかしこの文化には、不安やストレスを抱え込んでしまうというデメリットがある。特に、大人であっても子どもであっても、「しんどい」とか「嫌だ」といった気持ちは表現しづらい。これはステイホームにおいて致命的です。
『気持ちの本』の中には、そういった表現しづらい気持ちを表現するための、さまざまなアクティビティが紹介されています。
本で紹介しているゲームや絵を描くワークに取り組むことで、まずは「どんな気持ちも大切。悲しい、悔しい、怒りも大切なあなたの気持ち」ということを親子の共通認識にしてください。
そのうえで1日1度、5分でも10分でもよいので「サークルタイム」を持ちましょう。
―「サークルタイム」とは?
子どもも親も対等に参加できる場のことです。家族全員が集合してそうした場を保証することで、家族間のコミュニケーションを楽しくし、ストレスを軽減し、孤立を減らすことが目的です。
早速やってみてください。ルールは次の4つだけです。
(1) 輪になって座る (2) 小さな動物のぬいぐるみを回して話す 話す人がぬいぐるみを持つ。話し終わったら、まだ話していない人にぬいぐるみを渡す。他の人は自分がそれを手にするまで、人の話を中断したり、コメントを加えたりしない。 (3) 他の人の言ったことに批判、否定、嘲笑しない (4) 自分のことを話す これを「Iメッセージ」とよびます。自分を主語にして話す方法です。「今日、こんなことがあって(私は)嬉しい気持ちになった」「(私は)嫌なことがあった」といった話し方です。
今日嬉しかったこと、嫌だったこと、こわかったこと。今日ありがとうを言いたい人、今日ごめんねを言いたい人。テーマは何でも構いません。
サークルタイムは、MYTREEが虐待に至ってしまった親の回復プログラムで過去20年間使ってきた方法です。自分を語ることで、抱えきれないストレスやトラウマに苦しむ親たちが自分を癒していくことに大きな効果を発揮してきました。
今までそんな時間を持たなかった人にとっては、ちょっと恥ずかしかもしれません。でもこの機会に、新しいことへ挑戦してみませんか?
いつまで続くかわからないことが最大のストレスになっているステイホーム の状況。しかしこんな時だからこそ、時間をゆったりとって、家族メンバーのコミュニケーションを豊かにとってみてはいかがかと思うのです。
◆MYTREEの今後
―ありがとうございます。冒頭のお話にもありました通り、今後時間がたつにつれ、今は数字として現れていない児童虐待の状況などが明らかになってくると思われます。虐待からの回復支援プログラムを提供しているMYTREEに対する需要が高まるのではないでしょうか。
現在、MYTREEのプログラム自体は活動を自粛しており、再開の目処が立っていない状況です(※編集注 MYTREEのプログラムはグループセッションが中心になっているため)。しかしおっしゃる通り、今の状況が続けば「虐待をした親の回復支援」に対するニーズは圧倒的に高まることが予想されます。
実際に、外出自粛が長く続いたことにより「子どもとの関係を適切に持つことができなくなりはじめている」という声が多数寄せられています。
なので、まずは親の方々が自宅でできるようなプログラムをHPなどで紹介しつつ、そのうえで、在宅のままでも参加することが可能なプログラムの運営方法を検討していくつもりです。
―「虐待をした親の回復支援」に対する取り組みは、制度的にも予算的にも、まだまだ支援が足りていないように感じます。親が回復するためにも、「親と一緒にいたい」と考える子どもの願いを叶えるためにも、引き続き大きな支援が必要になりますね。
ありがとうございます。以前実施させていただいたクラウドファンディングでは、非常に多くの方にご支援をいただき、お陰様で多くのお母さんたちへプログラムを提供することができました。
これから増すであろう需要に応えるためにも、引き続き、皆様からのあたたかなご支援をお待ちしております。ありがとうございました。
―ありがとうございました!