「メンバーのクリエイティビティ・スペース(裁量の余地)を狭めるような言葉遣いは、やめなきゃいけないと思ったんです」
「ホラクラシー」や「ティール組織」など、メンバーの主体性を重視したフラットな組織のあり方を耳にする機会が増えた現代。しかし、実態がわからない、何から手をつければ良いのか分からないという声は少なくない。
そうした中で近年注目を集めているのが、「カタリスト」と呼ばれる新しい役割の存在だ。
Living in Peaceでも導入がはじまったカタリスト制度。導入を提案したメンバー、永安祐大(ながやす ゆうだい)に、制度の詳細、そのメリットを聞いた。
役割を分散して柔軟性を高める
−昨年から、試験的にカタリスト制度の導入がはじまりました。しかし、いまだに「カタリストって何?」というメンバーは少なくありません。そもそも「カタリスト」って、どんな役割なんでしょうか。
「カタリスト(Catalyst)」とは、英語で「触媒」という意味の言葉です。簡単にいうと、会社やチームにおいて触媒としてメンバー間のコミュニケーションを促し、組織全体のパフォーマンスを最大化させる役割のことですね。
−それはリーダーとは異なるのでしょうか。
リーダーとは明確に異なります。通常「リーダー」は、チームの進むべき方向性を提示し、みんなを引っ張ることがミッションです。元々Living in Peaceでは、事業計画や予算の策定、人員調整など、チームの要となる役割を一手に担うリーダー職を設けていました。
一方、リーダーに代わり導入した「カタリスト」は、みんなが自律的に動けるよう、活動をサポートすることがミッションです。他のメンバーとの上下関係もゼロ。先に挙げたようなチームの要となる役割を積極的に他のメンバーに任せることで、様々な経験を積んでもらい、強い組織にすることが役目だと思ってもらえればわかりやすいかと思います。それぞれのメンバーに活躍の場を作る、役割を分散して柔軟性を高めるイメージです。
−柔軟性ですか。
そう。僕たちLiving in Peaceは専業従業員を持たず、本業を持つビジネスパーソンだけで運営しているNPOです。それぞれが本業の合間を縫って活動してるので、誰がいつ本業の都合で活動に参加できなくなってもおかしくない。それはリーダーであったとしても同様です。
つまり、たとえば仮にリーダーが本業の急な海外出張で動けなくなった時に、「リーダーがいないから動けない!」みたいな状況になってしまう可能性が他の組織と比べて高い。そうした事態を避けるためにも、日頃から役割を分散して柔軟性を高めておく必要があると思ったんです。
−急な病気や家庭の都合、産休の取得など、何らかの理由で職場にいけなくなるということは、Living in Peaceに限らずすべての企業で起こり得ます。
そうですね。実際に、カタリストを導入する一般企業も少しずつ出始めています。我々のようなNPOだけでなく、もっと広く普及してほしい概念だなと思いますね。
「言葉」の取り扱いに気をつける
−とはいえ、リーダーがいないと何かと不便な場面も多いのではないでしょうか。
実際に僕がカタリスト制度の導入を提案した時にも、同じような懸念の声が団体内から挙がりました。特に多かったのは「リーダーという肩書きをなくしたら、活動へのコミットが下がるメンバーが出るのではないか」という意見です。
たしかに、「リーダー」という肩書きによる責任感から活動していたメンバーもいたかもしれません。でも、そもそも僕らは完全無報酬、内発的動機づけだけでやっている団体。思いを持つ人が集まっている団体なのだから、役職の有無は活動量に影響しないはずだと判断しました。
団体の理念としても、メンバー全員の平等を掲げている。役職の有無や損得勘定とは関係のない、活動を志した際のピュアな気持ちを大事にできる組織でありたいと思うんです。
−もともと平等な関係を意識している団体であれば、わざわざ「カタリスト」という名称を使用する必要もなかったのでは?
ここは少し丁寧に考える必要があります。ひとつ、極端な例で考えてみましょう。
たとえば、カタリストのように触媒として活動する役割のことを「王様」、他のメンバーのことを「家来」と呼ぶことにしたとしましょう。いくら制度上フラットな組織であったとしても、そこには強烈な上下関係が想起されてしまいますよね?
おそらく「王様」という肩書きを与えられた人は、無意識のうちに「王様」という言葉に引きずられて横暴な部分が出てくるだろうし、「家来」もそれに従おうとしてしまうでしょう。
これは「上司と部下」や「リーダーとそれ以外」という名付けの場合も同様です。言葉には、それ自体に大きな力がある。理想の組織を追求するためには、その理想を実現する言葉を使わなければいけないんです。
−たしかに、「リーダー」という肩書きの人がいると、無意識に「リーダーの指示待ち」のような姿勢が生まれてしまう気がします。
これは肩書きだけに限った話ではありません。細かいように聞こえるかもしれないですが、僕は個人的に日頃から言葉選びに気を使うようにしています。
たとえば「タスク」とか「作業」みたいなワード、あとは「(仕事を)振る」って表現もなるべく使わないようにしています。
これらの言葉を使うと、自分達の組織が創意工夫を自由に施せる場所ではなく、あたかも指示通りに作業をこなす場所であるかのように感じてしまう。組織のモチベーションを維持するためには、こういったちょっとした表現に気を使う必要があると思うんですよ。
−「言葉」に行動やモチベーションが左右されてしまう。
なんなら最終的には、「カタリスト」っていう名称自体をもなくしたいと思ってるんです。
一人だけ役割にかっこいい名前がついていると、なんだか特別な感じがするじゃないですか。「ああ、俗にいう”リーダー”なんだな」って誤解してしまいそうですよね。そして、この発想は「カタリストじゃない自分は●●をしなくてよい」という考えに繋がってしまう。
でも先にも述べたように、僕たちは誰かに命令されてNPOで働くことを選んだわけじゃない。誰かに言われて、ここに来たわけじゃないはずです。「言葉」に引きずられて、自らの裁量を狭めちゃいけない。NPOで活動したいと思った時の、「何かしたい!」というモチベーションを維持して動き続けてほしい。
理想は、誰も立場の違いを感じない組織です。でもいきなり実現するのは難しいので、少しずつ変えていければと思っています。
「子育て」に柔軟性を与えるために
−永安さん自身も、現在は里親支援チームでカタリストとして活躍されています。里親支援チームでは、どのような活動をされているのでしょうか。
現在は世田谷区の児童養護施設と一緒に、新たに里親支援の仕組みを作ろうとしています。施設が区からフォスタリング業務を受注するためのアドバイスを行うところからスタートし、見事受注に成功したので、今後はその予算なども使いながら具体的に動いていく予定です。
− 2017年に「新しい社会的養育ビジョン」が発表され、国はこれまで重視していた施設養育を減らし、里親への委託率を高めていく方針へと舵を切りました。しかし、里親を増やしていくことが決まった一方で、里親さんに対する支援はまだまだ足りていないように感じます。
里親さんは悩みを相談できる場所も少ないですし、孤独や負担を抱えやすい。そしてそれらは、虐待などへの入り口にもなりかねません。今僕たちが試みている里親支援事業は、まさにその課題を解決することが目的です。
里親を増やすという国の方針自体には概ね賛同していますが、だからといってこれまで使ってきた施設のリソースを無駄にするのはもったいない。
特に今僕らが関わっている世田谷区の児童養護施設は、高度な専門知識を備えたスタッフと、魅力的な建物を持っています。
里親に限らず、養育者が子育てに困った際に児童養護施設を気軽に頼れる仕組みを作る。「ちょっと今、子育てするのは厳しいかもしれない」という時に、安心して頼れる先を作る。そうした仕組みがあれば、虐待などを防ぐ有効な手立てになるのではないでしょうか。
将来的には、施設を中心とした地域全体の子育て支援モデルを作っていきたいですね。
−「カタリスト」を導入した理由も、お互いがフォローし合える、柔軟な組織を作るためというものでした。
そういう意味では一貫しているのかもしれませんね。多様性や柔軟性のない組織や社会は脆い。誰もが生まれや育ち、運などに左右されずに幸福に生きることができる社会を作るためには、こうした仕組みづくりが大切になってくるのではないでしょうか。
キレイにまとまりましたね(笑)。ありがとうございました!
−ありがとうございました!