今回は「気候変動と貧困を考える勉強会」の第一回後半の様子をご紹介します。
この勉強会はマイクロファイナンスプロジェクトのnon-financialグループのメンバーを中心に立ち上げた活動で、環境と貧困の問題への理解を深めることを通じて、これらの問題に対する具体的なアクションを起こすための土壌を作ることを目的としています。※勉強会開催の背景はこちらの記事をご覧ください。
「気候変動と貧困を考える勉強会」~第一回 前半の様子~はこちらの記事をご覧ください。
土屋:大栗さん、それでは後半もよろしくお願いします。
大栗:はい、後半は気候変動問題の転換点となった「パリ協定」から始めます。
土屋: パリ協定とは何でしょう。
大栗: パリ協定は気候変動問題に関する国際条約です。2015年にフランス・パリで開催された国際会議で、批准されました。正確には国連気候変動枠組条約の第21回締約国会議ですね。
土屋: この会議体はいわゆるCOPですね。2021年10月から11月にかけて第26回のCOPが英国グラスゴーで開催されていましたから記憶に新しいです。
大栗: そうですね。
土屋: パリ協定にはどんな特徴があるのでしょうか。
大栗: 一言でいえば「気候変動問題はグローバルで一致団結して取り組まなければ解決できない」と認識されたという点がユニークです。
大栗: 批准国は各々に立てた温室効果ガス削減目標の達成具合を5年に1度、国際舞台で発表し、他の国からレビューを受けることになります。それだけ本気で取り組む必要があります。
大栗: 加えて、途上国に対して資金面・技術面での支援を行う基金も設立されました。
大栗: パリ協定によって、気候変動問題は「各国が取り組んでいるポーズを取れば良い問題」から「世界の厳しい目にその取り組みをさらし、互いに高め合う必要がある問題」であることが共通認識となりました。
土屋: 実効性のある条約になるのでしょうか。
大栗: 締結時点で200もの国々が批准したものの、米国はトランプ政権の元、パリ協定を離脱した経緯があります。バイデン政権になり、再び批准国となりました。米国が戻ってきたことで、日本も本気になった印象ですね。
大栗: グローバルで取り組むというものの、各国事情が異なりますので、足元で打ち出している目標はそれぞれです。例えば日本は2030年の温室効果ガスの排出量を2013年度に比べて46%削減するという目標を掲げています。
大栗: ただ、COPの目標は「2050年時点で温室効果ガスの実質排出量をゼロ」にすることにあります。自国の状況を鑑みつつ、中間目標として2030年時点の状態を掲げています。
土屋: 2030年まであと10年を切っていますが、日本は46%も削減できるのでしょうか。
大栗: 高い目標ですよね。なので抜本的な削減策が必要なのだと思います。
大栗: グローバルでの機運の高まりを受け、個々の企業に求められるものも変化しつつあります。
土屋: ここ最近、新聞やテレビなども気候変動の問題を多く報道していますよね。多くの企業が気候変動の取り組みを本格化されている様子が紹介されていますが、なぜ多くの企業が本気になっているのでしょうか。
大栗: 企業活動を将来に渡って継続していくために「地球環境に配慮している本気の姿勢」が必要条件になってきている、ということだと思います。
土屋: 必要条件ですか。
大栗: 企業のステークホルダーには、顧客、投資家、取引先などがいます。これらのステークホルダーに選ばれ続けることが企業活動に必要ですよね。顧客に選ばれなければ売り上げが立ちませんし、投資家に選ばれなければ資金が獲得できません。取引先に選ばれなければ仕入れをすることができませんから。
土屋: ステークホルダーから選ばれる際のルールが変わり始めたということでしょうか。
大栗: はい。これまでも企業は「周りに良い印象を与えるためのお化粧」をしてきました。利益の一部をCSR活動として世の中に還元していたわけです。ですがこれからはもっと本気になって「本業で地球環境に貢献しなければならない」という雰囲気になりつつあります。
大栗: 例えば、世界の投資資金の約4割は、地球環境へ配慮した活動を含むESG投資になっています。ESG投資の規模は3900兆円にも達しています。
土屋: 投資家から見てE(環境)S(社会)G(統治)のいづれかに該当すると判断されないと投資してもらえない、ということですよね。
大栗: そうですね。資金調達の観点では投資だけでなく融資の目線も変わりつつあります。銀行などの金融機関が融資先を選定する際にもESGの視点が盛り込まれ始めていますし、特に環境の観点では融資先の事業がどの程度温室効果ガスを排出しているかをモニタリングする活動も始まっていますね。
土屋: 顧客の目線は変わりつつあるのでしょうか。
大栗: 気候変動を含む社会課題について消費者の認知は着実に広がっています。ボストンコンサルティンググループのアンケート調査では、サステイナブルへの認知・興味が着実に向上している様子が見て取れます。今後消費者の行動が変わってくれば、商品やサービスを選択する際に社会課題への貢献が見えることが重要視されるはずです。
土屋: 取引先を選ぶという観点ではどうでしょうか。
大栗: 温室効果ガスの実質的な排出量が少ない企業の方が選ばれやすくなるようルールが整備されつつあります。前提として、国は温室効果の削減を企業にも求めています。削減するためには、排出量を可視化する必要がありますが、可視化の単位を個々の企業だけでなく取引先を含めたサプライチェーン全体とする考え方が主流になってきています。
土屋: 自社の排出量だけでなく、取引先も含めた全体の排出量を計算した上で削減する必要があるわけですね。
大栗: そうですね。排出量が比較的少ない企業を取引先とすることで、自社のサプライチェーンの排出量を少なくすることができます。
土屋: 自社の実質排出量が相対的に少なければ取引先から選ばれやすくなる、ということですね。
土屋: ところで、そもそも企業の排出努力はどの程度重要なのでしょうか。
大栗: 日本国内の温室効果ガスの排出量を部門別に見ると家計部門は14%程度で、その他86%は企業部門だと見ることができます。家庭できる排出量削減の努力をどれだけ行っても、最大で14%しか削減できないということになります。
大栗: 逆にいえば企業部門は残り86%を占めている訳ですから、企業部門の努力によって大きなポーションを削減できる可能性があると見ることができると思います。
土屋: 私たち個人が生活の中で排出する温室効果ガスは家庭部門に分類されますから、個人ができる排出量削減の努力は企業活動による削減に比べてインパクトは小さいのですね。
大栗: 直接的な排出量という意味ではそうですが、個人が商品やサービスを選択する際に裏側でどれだけの排出がされているかに目を向けることで、企業の排出量削減努力を促すという側面もありますね。
土屋: なるほど。では、企業ができる排出量削減の努力はどの様なものがあるのでしょうか。
大栗: 大雑把に分けると、「排出自体の抑制」と「排出後の対策」があります。
大栗: 温室効果ガスが排出されるシーンは「エネルギー生産/調達」と「エネルギー消費」に分けられます。エネルギー生産に関わる発電事業者を例にとると、化石燃料を燃やすことで発電を行う場合に二酸化炭素などが排出されています。一方、例えば製造業などではエネルギー自体は外部調達し、自社ではエネルギー消費することが多いと思いますが、この消費の過程で二酸化炭素などを排出しています。
大栗: エネルギー生産の過程での排出を抑制するための方策として、例えば化石燃料由来のエネルギーから再生可能エネルギーのへ転換するという方法があります。エネルギー消費の過程では、利用するエネルギー量を削減するいわゆる省エネを進めることの他に、外部調達してくるエネルギーを再生可能エネルギーに変更するなどの方策があります。
土屋: なるほど。二酸化炭素の排出にはエネルギー生産過程での排出と消費過程での排出があるんですね。では、排出後の対策にはどんなものがありますか。
大栗: 二酸化炭素を排出してしまった後に取れる対策にもいくつかの分類があります。一つは排出後に二酸化炭素を回収し、再利用するもの。二酸化炭素を凍らせてドライアイスとして利用したり、化学品、燃料などとしてリサイクルするものがあります。
大栗: 一方、回収後の二酸化炭素を固めて地下に貯留してしまうという技術も脚光を浴びています。
土屋: 地下に埋めてしまうんですね。
大栗: はい。自然発生する二酸化炭素も地中に埋まっていますから、地下深くに埋めてしまい、大気中に出てこなければ地球温暖化には寄与しなくなるという発想ですね。ただ、この技術は開発途上だと聞いています。
大栗: その他にはオフセットという考え方もあります。
土屋: 排出してしまった代わりに、吸収する活動も行うという考え方でしたっけ。
大栗: はい、手法はいくつかあるのですが、例えば二酸化炭素を吸収する森林を増やすための植林活動を行ったり、他社が余している排出枠を買い取ったりする方法があります。
土屋: 排出権取引ですね。
大栗: 一方、これらの手段がどのくらい現実的に取りえる手段なのかを考える必要もありますね。
大栗: 例えばエネルギーの生産を考えてみましょう。実は日本の国内で消費されるエネルギーは9割を輸入しています。
大栗: 特に東日本大震災以降に原子力発電の割合が減少したこともあり、自給率は落ち込みました。
大栗: 一方で、自動車などの製造業が盛んな日本はエネルギーを多く消費する国でもあります。安定的に供給可能なエネルギーを確保するため、化石燃料由来のエネルギーに80%程度頼っています。
土屋: 8割も。残りは再生可能エネルギーですか。
大栗: はい、その様に考えて良いと思います。再生可能エネルギーは太陽光や海上の風を動力源としますからエネルギー生産の安定性は相対的に低くなります。大量のエネルギーを安定的に確保するためにはどうしても化石燃料由来のエネルギーに頼らざるを得ないという事情があります。
土屋: 他の国では再生可能エネルギーの割合が多い国もある様ですね。
大栗: 例えば英国は北海上に多くの風力発電タービンをもち、風力発電が多いと聞いています。北海上を渡る風が比較的安定しているためになせることだそうです。他にも河川などの水源が豊かな北欧やブラジルでは水力発電が盛んです。土地柄によってエネルギー源は異なるんですね。
大栗: では、企業部門をもう少し細かくみていきましょう。業態別にはどの様な特徴があるのでしょうか。
大栗: まず最もエネルギー消費量が多い業態は「製造業」です。1960年代後半の高度経済成長期に排出量が急増していますが、70年代以降安定して年間6000PJ近辺で推移しています。製造業以外では、第三次産業の排出が70年代以降増加しています。
大栗: 製造業をさらに詳しく見ると、鉄鋼、化学などの素材系の業種が80%を占めています。
土屋: これらの業種では、「排出量実質ゼロ」という目標をどのように捉えているのでしょうか。
大栗: かなり前から削減に向けた努力を行っている様です。例えば日本製鉄では、グループ全体の排出量の1990年から2019年までのおよそ30年で12%減少させています。
大栗: また、エネルギー消費サイドでは、消費量自体を抑制することに加えて、排熱を回収し発電に当てるなどして、ネットの消費量を抑制する取り組みを行っています。
大栗: それでも、膨大なエネルギーの消費が必要な鉄鋼業では、二酸化炭素の排出量をゼロにすることは相当難しいと想像されますよね。なので、今後はオフセットの考え方を取り入れていくことになると思われます。
土屋: ゼロは難しいので実質ゼロにする、ということですね。オフセットの取り組みは進んでいるのでしょうか。
大栗: オフセットを含め、企業をモチベートする動きは国主導で始まっています。オフセットの代表的な手法に排出権取引がありますが、こちらは経産省主導で実証実験が予定されていますし、排出量に応じた課税を行う炭素税の導入も検討されています。
大栗: 排出権取引については、欧州が先行しているようですね。
土屋: 排出枠が余っている企業が排出権として売却し、排出枠を欲しい企業が購入する、ということですよね。
大栗: はい、日本ではこれからの取り組みですが、ビジネスとしての必要性が認識されれば、大きな市場になるかもしれませんね。とある推計では、2050年の排出権取引市場は2400兆円の規模までに成長するようですから。
大栗: 一方、先ほど地中に炭素を貯留する技術について触れましたが、その他も含めて実施ゼロへ貢献することが期待される新技術もあります。
大栗: 例えば先ほど紹介した製鉄業では、酸化鉄とコークスを合成して鉄を生み出しますが、その過程で二酸化炭素が排出されます。ここでコークスの代わりに水素を合成することで二酸化炭素ではなく、水を排出するにするという技術が着目されています。
土屋: 脱炭素の文脈で水素が注目されているんですね。
大栗: 技術的なイノベーション自体にも注目ですが、広く実用可能とするためコスト面でのイノベーションにも期待ですね。
土屋: なるほど、企業視点での気候変動への取り組み、その概略がよくわかりました。
大栗: 今日紹介したのは、ほんとに概略ですので、気になったことがあればぜひ調べてみてください。
土屋: 最後に本日の内容をまとめていただけますか。
大栗: 一言では言い切れないのですが、企業経営にとって気候変動への取り組みはもはや必要条件になっているということがキーメッセージですかね。しかし、パリ協定にのっとって日本も掲げる「2050年に温室効果ガス排出量を実質ゼロ」にするという目標の達成は一筋縄では行かないです。
大栗: 最大限に努力しつつ、技術的なイノベーションに期待するしかないというのが現状の感覚です。
土屋: 私たちが所属する企業でも、これから取り組みが本格化するかもしれませんね。本日はありがとうございました。
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