2023年7月9日、Living in Peace難民プロジェクト主催で表記イベントを開催し、にわとりの会の代表丹羽典子さんに登壇いただきました。
ご参加いただいた皆さま、ありがとうございました。
「学習言語を習得し、教科書を読めるようになるには漢字学習が必要」「外国ルーツの人には母語を使って寄り添いながら学ぶことが効果的」など、外国人向けの日本語教育について有益な話をお聞きすることができました。
1 難民向け日本語教育のトライアル
両団体の活動紹介のあと、にわとりの会がトライアルで実施している難民の方々向けのオンライン講座の様子を報告しました。
・日本語が話せない初級と、N3レベルの日本語能力をもつ中級の2クラス編成
・授業はオンラインにて週2回、必要に応じて母語による日本語学習(ポルトガル語と英語)
・受講生の評価は総じて両クラスとも、漢字アプリ/漢字学習の評価が高い。
2 パネルディスカッション「にわとり式漢字カードはなぜ生まれたのか?」
〇漢字カードが生まれるまで
Living in Peace (以下LIP):先生をしながらNPOを始めるのは大変な負担だと思います。どんな思いで立ち上げたのですか。
丹羽さん(以下N):全校児童500人中60人が外国ルーツという学校に転勤し、外国ルーツの子どもと英語カリキュラムの担当になってから、2つの出来事がありました。
1つ目は、日本語に苦労している子どもに、偶然スペイン語の入った教材で教えたら、意外とうまくいったので、母語を加味したほうがいいのではと感じたんです。ちょうどそのときに、元トロント大学の中島和子先生の本の「母語を大切にする」もいい話だなと思いました。
2つ目は、「大好き 日本語 中国語」「大好き 日本語 フィリピン語」と子ども向けの教材を作ったことです。この2つの言語の通訳の方が小学校に来る回数も少なく、子ども向けのいい教材もありませんでした。すごく真面目なフィリピン人の女の子が、勉強したいのに出来なくてすごく苦しんでいたんです。
普通の教材は、日本語が大きくて母語が小さいのですが、「大好きフィリピン語」は日本語もフィリピン語も同じ大きさにしました。フィリピン語にもカタカナで読み仮名が付いているので、フィリピン語を知らない人でも教えることができます。
中国語の発音を付けるのはとてもたいへんだったので、次は音が出る教材にしたいと思いました。
この教材の裏側にひらがなを書いたり、絵も入れたりして、これがにわとり式漢字カードの原型になっています。
LIP:にわとり式漢字アプリは10言語あります。どんなふうに増やしていったのですか?
N:外国ルーツの1年生のうち、日本語を全く話せない子どもの言語は、ポルトガル語・スペイン語・中国語・フィリピン語でした。これに英語を加えた5言語から始め、香港出身の先生と知り合いになったのが縁で広東語も加えました。
その次にベトナム人、ネパール人が増えてきたので追加し、ウクライナ紛争でウクライナ語とロシア語を加えました。
これ以外の言語についても、手元のエクセルは翻訳済みなのですが、まだ音を入れた製品にはなっていません。
にわとり式漢字カードの効果
LIP:漢字カードで学ぶ効果や、実際に教えて印象に残っている子どもについて教えてください。
N:外国ルーツの子どもに漢字を教えるのはすごく大変なうえに、先生も子どもも入れ替わりが激しく、学習の積み上げが難しいのです。効率よく、無理や無駄がないように漢字を学ばせたいと思いました。
漢字学習というと、「ノートを開いて漢字を10回書きなさい」というのが普通です。これに対して漢字カードは「一日に一つりんごを食べた」という文章が入っているので、漢字だけでなく日本語の文章や文節についても、意識せずに学べます。
印象に残っているのは、ブラジル出身の中学2年生です。この子は、ひらがなも満足に覚えていない状態でしたが「昼間の高校に行きたい。」と相談に来たので、にわとり式漢字カードを使って着々と教えた結果、入試問題にも取り組めるようになり、高校に合格し、卒業まで実現できました。
一番の特徴は母語があること
LIP:にわとり式漢字カードの一番の特徴は何ですか?
N:母語があることですね。ただし、あくまでも日本語を教えるために母語を加えているのであって、母語教育ではないんです。母語を聞くと「ああ、自分の国の言葉だ。」と心が和みます。本当に学ぶためには、リラックスしていることが大事です。母語で誉めるだけですごく意欲が高まります。「子どもに寄り添う」が、にわとり式の勉強の根っこにあるのです。
LIP:生活言語の習得はテレビを見たり友だちができたりすればできるようになりますが、学習言語の習得は、学校も親も十分対応できていません。学習言語がわからないと論理的なコミュニケーションが難しいので、漢字を学ぶのは本当に大事だと実感します。
漢字カード学習の様子
LIP:LIP-Learningでは、大人に対して母語を使って教えていたいだいています。実際の様子はどうですか?
N:大人は、細かいことが気になって前に進まない傾向がありますが、逆に母語がしっかりしているので後戻りはしないです。
中級クラスの人が3年生の漢字で苦しんでいました。理由は1・2年生のカードで音読みと訓読みのある漢字に慣れてきたところに、3年生になると音読みだけの漢字がたくさん出てくる、1枚のカードに3字出てくる、といったことに戸惑い、「3年生になって難しくなって大変です。やっぱり僕は漢字は無理です。」と意気消沈してしまいました。「大丈夫だよ。全部で100枚くらいだし、1日3枚くらいのペースでやればいい。」と励ましています。
画期的なにわとり式漢字カード
N:お茶の間留学で外国語を学んだとき、日本語で話してもらうとすごくほっとしました。母語があると助かるというのはそのときの自分の体験でもあります。
LIP:外国語学習で母語を使うことが普及していないのが不思議です。ただ、効果を伝えるのはなかなか難しいのかもしれません。
N:そこを解決するためににわとり式漢字カードを作ったんですよ。
LIP:にわとり式漢字カードは、「たとえ母語を知らない人でも、その子の母語で教えられる」というのが画期的なところなんです。
N:「自分が子どもの母語を知らないのに、その母語を使って教える。」というのは気持ち悪いかもしれません。ただ、こどもは喜びますね。
4 質疑
Q 学校現場に勤めていますが、私の現場には外国にルーツをもつ子どもたちはおりません。今後、そのような子どもたちに携わることを望んでいますが、公立学校では希望どおり配属される可能性は少なく、想いを持った人が現場で活躍できないのは残念だと思っています。漢字カードアプリの話を伺って、日本語教育に今携わっている方々に伝えていこう、いつか出会う子どものために私も様々な教材を研究しておこう、と思いました。
A 今担当していないのであれば、外国人の子どもがいる先生たちの教室をのぞいてみてはどうでしょうか。もし、外国ルーツの子どもに慣れていない先生と子どもたちとが、自分たちだけの閉じた世界で苦しんでいるならば、そこに入って風穴をあけられると良いですね。
Q アフガニスタン難民向けにダリ―語やパシュトゥーン語版の作成の予定はありますか?
A アラビア語とミャンマー語はこれからLiving in Peaceと一緒に作っていきます。アフガン難民は、これからという段階です。
今は、翻訳ソフトもあり、機械音声も発達しています。全体をコーディネートしてくれる人が出て、アプリ制作・お金集め等について協力し合える仕組みが作れれば、結構早くできるのではないでしょうか。
Q ボランティアで難民に日本語を教えている者です。今春以降、フランス語圏の中部アフリカ諸国から難民が増えています。フランス語教材は今後いかがでしょうか?
A フランス語は私の手元のエクセルにはあるので、なんとかアプリに載せたいです。アプリのメリットは、自習ができることで、中級の人はアプリでどんどん自習するので習得が速いです。
にわとりの会には漢字カード以外にも「はじめての日本語」シリーズがあります。これは音声は日本語、文字は各国語が流れるもので、「Youtube にわとりの会」で検索すると出てきます。病院での会話はたくさん再生されていて利用者も多いので、まずこれにフランス語を付けられるとありがたいです。日本での生活のサバイバルのためのものなので緊急性は高いです。
Q 現在、特別支援学校で働いていて、外国籍の生徒が増えています。外国籍かつ特別支援が必要な生徒について、もっとお話をお伺いできれば嬉しいです。
A 外国ルーツのお子さんの中には言葉が分からなくて学力が存分に発揮できず、特別支援の対象となる場合があります。自分がもし子どもで突然言葉が違う国に行ったとしたら、能力が発揮できず特別支援学級の対象になってとても苦労すると思います。そうした感覚で子どもに接すること、こどもの興味を引くことについて母語で誉め言葉を繰り返し伝えることが、ポイントです。
大事なのは、特別支援学級に送ったあと、その子の持つ能力を発揮できるよう考えてあげることです。もし、30人のクラスの中に埋もれてしまうなら特別支援学級でまず能力を伸ばしてあげて、戻した後も支援をすることが大事です。後に通訳になった人から聞いた話ですが、「特別支援学級にいたことが自分のキャリアにとっては良かった。」と言っていましたので、入れること自体が悪ではないと思います。
5 おわりに
最後になりましたが、ご参加いただいた方々ありがとうございました。
Living in Peaceでは、難民向け日本語学習講座の提供や、漢字アプリの言語の追加等、にわとりの会との協業を進めていきますので、引き続きご支援よろしくお願いいたします。